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名古屋地方裁判所 平成元年(ワ)1576号 判決

原告

浅井昌光

被告

宝交通株式会社

主文

一  被告は、原告に対し、金二五三万五一七二円及び内金二三三万五一七二円に対する平成元年四月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その三を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金三五七万一九三六円及び内金三一七万一九三六円に対する平成元年四月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が左記一1の交通事故の発生を理由に被告に対し民法七一五条により損害賠償請求をする事案である。

一  争いのない事実

1  交通事故

(一) 日時 平成元年四月一五日午前一時五五分ころ

(二) 場所 名古屋市南区東又兵ヱ町三丁目三五番地先国道二三号線(通称名四国道、自動車専用道路)路上(別紙図面参照)

(三) 被告車 訴外土井道男運転の普通乗用自動車(名古屋五五か三五五三)

(四) 原告車 訴外神谷勤運転の普通乗用自動車(名古屋三三ね五八七九)

(五) 態様 訴外土井は、被告車を運転して別紙図面記載のとおり第三車線を走行中、本件事故現場付近に至り、自車の前方が直前事故処理のため円錐型赤色ポールを並べるなどして封鎖されているのを認め、左にハンドルを切るとともに急ブレーキをかけたため、被告車は四分の一回転して停止したところ、後方から第一車線を進行してきた訴外神谷は、被告車との衝突を避けるため、急ブレーキをかけるとともに左にハンドルを切り、その結果、原告車は〈×〉地点付近の道路左外壁の内側の縁石に衝突した。

2  責任原因

本件事故は、被告の従業員である訴外土井が被告の業務の執行中に発生した。

二  争点

1  本件事故の発生原因につき、原告は、次のとおり主張する。すなわち、訴外土井が前方不注視及び運転操作の誤りという過失により、前記の如く被告車を四分の一回転させ、第一車線に被告車の前部を突き出す形で停止したため、被告車との衝突を避けようとした原告車をして別紙図面〈×〉地点で前記縁石に衝突させた。

これに対し、被告は、原告車の性能からすれば、訴外神谷において、たとえ四〇ないし五〇メートル前方で被告車の停止したのを発見したとしても、被告車の手前で優に停止することができるか、あるいは被告車を避けて第一車線を通り抜けることができたものであり、それができなかつたのは、訴外神谷において、かなりの高速度で走行していたため、被告車の動きについて判断を誤り、ハンドルを切り過ぎたことが原因であつて、本件事故は訴外神谷の自損行為であり、被告車の停止との間に相当因果関係はないと主張する。

2  被告は、本件事故による原告車の損害額を争う。

第三争点に対する判断

一  本件事故の発生原因について

1  甲二、甲六、甲一一、乙一、乙二、証人服部隆司、同神谷勤(ただし、後記措信しない部分を除く。)、同土井道男(同)、弁論の全趣旨並びに検証によれば、次のような事実を認めることができ、証人神谷、同土井の各証言中右認定に反する部分は措信できない。

(一) 本件事故現場の道路は最高速度が時速五〇キロメートルに規制されている。夜間は水銀灯の明かりがある。

本件事故現場付近の状況は別紙図面記載のとおりであるが、同所は北方から進行して来て急な右カーブが終つた辺りである。

本件事故当時、現場付近で直前に物損の交通事故(自損)が発生し、その事故処理のため、別紙図面記載のとおり、右直前事故現場の約二〇〇メートル後方の第三車線から第二車線にかけてセフテイーコーンと三角標示板が置かれ、通行規制がなされていた。通行規制の始めには「左に寄れ」と指示した矢印板が置かれていた。

(二) 訴外土井は、被告車を運転し、本件道路の第三車線を時速約七〇キロメートルの速度で進行し、本件事故現場付近にさしかかつた際、前方注視が疎かとなり、前記交通規制がなされていることに直前になつて気付き、慌ててハンドルを左に切りながら急ブレーキをかけたが間に合わず、前記セフテイーコーンを跳ね飛ばすなどして、被告車を四分の一回転させ、別紙図面記載の位置辺りに第一車線へ前部を第三車線へ後部をそれぞれはみ出す形で停止した。

(三) 訴外神谷は、原告車を運転し、本件道路の第一車線を時速約七〇キロメートルの速度で進行し、別紙図面記載のとおり、第二車線を先行する訴外車のやや後方を併進する形で本件事故現場付近にさしかかつた際、セフテイーコーンが飛んで来て、四〇ないし五〇メートル前方の前記位置に被告車が横向きになつて停止しているのが見え、第二車線の訴外車は蛇行運転したので、咄嗟にハンドルをやや左に切りながら急ブレーキをかけて被告車との衝突を避けようとした結果、原告車は〈×〉地点付近の道路左外壁の内側の縁石に衝突するに至つた。

(四) なお、訴外車は、被告車が前記の如く回転状態のときに、その左後部に接触しながら第三車線をすり抜ける形で走行し去つた。

2  ところで、車両の運転者は、常に前方を注視し、障害物を発見したときは適宜減速しかつハンドル操作を確実にしてこれを回避し、後続車の走行に妨げとなるような事態を生じさせないようにすべき注意義務があるところ、被告は、これを怠り、前示のように、前方注視を疎かにしたため、前記交通規制に気付くのが遅れ、直前になつて気付くや慌ててハンドルを左に切りながら急ブレーキをかけて被告車を前記位置に停止させるに至り、訴外神谷をして、被告車との衝突を避けるため、前示のような措置に出ざるをえなくさせたものであるから、本件事故の発生は、被告の過失によるものというべきである。

被告は、訴外神谷において、かなりの高速度で走行していたため、被告車の動きについて判断を誤り、ハンドルを切り過ぎたことが原因で、本件事故となるに至つたものである旨主張する。なるほど、訴外神谷は制限速度を二〇キロメートル位超える速度で走行していたが、訴外神谷が被告車の動きについて判断を誤つたとは認められないのみならず、訴外神谷が被告車の停止を発見した位置から右停止位置までの間は二、三秒で行きつく距離であつてみれば、同人がセフテイーコーンが飛んで来て原告車が停止するまでの時間は一瞬であつた旨証言しているのもうなづける。そして、水銀灯の照明があるとはいえ本件事故の発生が夜間であつたことや、検証によれば本件事故現場付近はゆるやかではあるが右カーブとなつている状況であることが認められること、その他被告車の停止位置等を総合考慮すると、車両の通行量の多い本件自動車専用道路を前記速度で走行中、前記のような事態に直面した訴外神谷に対し、沈着に被告車と道路左外壁との間を通り抜けるような運転を期待することは無理というべきである。

なお、訴外土井は、被告車の前方を右のように通り抜けて行つた車両が少なくとも一台はあつた旨証言するが、右車両の存在は確認されないのみならず、仮にそのような車両があつたとしても、被告車との位置関係及び被告車の停止との時間関係も定かではないので、右認定を覆すに足りない。

しかし、訴外神谷が制限速度の五〇キロメートル以内で走行しておれば、急停車をかけた場合の制動距離は、空走距離を一秒間として、乾燥アスフアルト(摩擦係数〇・七)の場合が約三〇メートル以内、湿潤アスフアルト(摩擦係数〇・四)の場合が約四〇メートル以内としてよいから(当裁判所に顕著。元・一一「交通事故損害賠償必携」一六八頁参照。)、訴外神谷が被告車の停止したのを発見して直ちに急ブレーキをかければ、被告車の手前で停止することができ、本件事故に至ることを避けえたものと認められる。したがつて、訴外神谷が制限速度を超えて運転していたことは本件事故の一因をなしていると認められるので、本件事故の発生については、訴外神谷にも過失があるといわなければならない。もつとも、弁論の全趣旨及び検証によれば、本件道路においてはほとんどの車両が時速六〇ないし七〇キロメートルを下らない速度で走行しているのが実情であることが窺われ、この流れに乗つて走行せざるをえない面もあることは、訴外神谷の過失割合を定めるに当たつて斟酌するのが相当である。

二  損害額

1  修理費(請求同額) 一八九万六四三六円

原告は、その所有の原告車の修理費用として右金額を支出した(証人神谷により成立を認める甲五、同証人)。

2  代車料(請求八七万五五〇〇円) 三五万〇二〇〇円

甲五、証人神谷によれば、原告は、原告車の代車として三四日間にわたりBMW(型式不明)を使用し、一日当たり二万五〇〇〇円の合計八七万五五〇〇円(消費税三パーセント込)を支出したことが認められるが、そのうち一日当たり一万円の合計三五万〇二〇〇円(消費税三パーセント込)の限度で本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

3  格落ち損(請求四〇万円) 三四万八〇〇〇円

原告車は昭和六一年七月初年度登録の車両(BMW・型式不明)であるが、本件事故により右金額の格落ちがあつた(甲四、弁論の全趣旨により成立を認める甲九)。

三  過失相殺

本件事故は訴外神谷の自損行為である旨の被告の主張は過失相殺の主張をも包む趣旨と解されるので検討するに、双方の過失を対比するとともに前記観点を斟酌すると、原告の損害額から一割を減額するのが相当である。

したがつて、被告が原告に対して賠償すべき損害額は、二三三万五一七二円となる。

四  弁護士費用(請求四〇万円) 二〇万円

原告が被告に対し本件事故と相当因果関係のある損害として賠償を求め得る弁護士費用は二〇万円と認めるのが相当である。

五  結論

以上によれば、原告の請求は、二五三万五一七二円及び内金二三三万五一七二円(弁護士費用を除く)に対する本件事故当日である平成元年四月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 寺本榮一)

別紙 〈省略〉

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